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大きな胸はどう呼ばれてきたか(下)――グラマーのグラマーによるグラマーのための新しい言葉の時代へ

大きな胸はどう呼ばれてきたか(下)――グラマーのグラマーによるグラマーのための新しい言葉の時代へ

アダルトメディア研究家・安田理央さんによる「大きな胸」をテーマにした連載、最終回の三回目です。今回は「巨乳」という言葉の誕生、巨乳グラビアアイドルの活躍による「巨乳」のお茶の間への浸透。そして、「巨乳」以降の「胸の大きな女性」を指す言葉についての考察です。

安田理央

安田理央

2017.7.29

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巨乳の誕生

元号が昭和から平成へと変わった1989年に一人のAV女優がデビューしました。
当時、女子大生だった19歳の松坂季実子です。
彼女のセールスポイントは、その大きな乳房でした。公称110.7センチ(これは「イイオンナ」の語呂合わせで、実際は90センチ台だったとの説もあります)。まるでメロンを二つぶらさげたようなその胸は、それまでの「Dカップ女優」のレベルを遥かに超えたものでした。週刊誌でも大きく取り上げられるなど、松坂季実子は一躍人気AV女優となり、タレントのラサール石井とのデュエットでCDデビューまで果たしました。

 

そして彼女の胸を表す言葉として広まったのが「巨乳」でした。

 

「巨乳」という言葉自体は、それよりも前から外人モデルを取り上げるポルノ雑誌などで使われてはいたのですが、一般にも広まったのは、松坂季実子の登場がきっかけです。
彼女の人気に便乗するように、AVには多くの胸の大きな女優がデビューし「巨乳ブーム」が巻き起こりました。

 
 
 

巨乳グラビアアイドルの活躍

同じ頃、グラビアアイドルという存在も脚光を浴びていました。
その元祖とも言える存在が堀江しのぶです。
彼女は1983年にデビューするも、ガンによって1988年に23歳の若さでこの世を去ってしまったのですが、水着グラビアを主戦場として活躍するという新しいアイドルのジャンルを切り開きました。
そして彼女の最大の武器がEカップのバストでした。

 

堀江しのぶを世に送り出したのが野田義治社長率いる芸能プロダクション、イエローキャブです。
以降、野田社長は、かとうれいこ、細川ふみえ、雛形あきこ、佐藤江梨子、小池栄子、MEGUMIと次々と「巨乳」グラビアアイドルをデビューさせていきました。

 

最初に水着グラビアで人気を集めてから、ドラマやバラエティ番組へと活躍の場を移していくという野田社長独自のマネージメント方法により、彼女たちは女優、タレントとしても成功を収めます。そして彼女たちは「胸だけが売りの子ではない」ということを証明していったのです。

 

野田社長が堀江しのぶや、かとうれいこ、細川ふみえたちをグラビア以外のジャンルで売り出そうとした当初は、「オッパイの大きい子はCMでは使えない」「胸の大きい子に歌は無理だ」などと、ひどい偏見の言葉を投げつけられていたそうです。

 

しかし彼女たち「巨乳」グラビアアイドルは、実力で活躍の場を勝ち取っていきました。 90年代、「巨乳」は、AVやグラビアだけではなく、お茶の間にも進出していったのです。

 
 
 

大きくなっていく「巨乳」の基準

巨乳グラビアアイドルはイエローキャブだけではありません。
その他のプロダクションからも数多くの胸の大きな女の子たちがデビューを飾っていきます。そして彼女たちのバストサイズはどんどんと大きくなっていったのです。

 

もはやEカップやFカップは当たり前。
1996年にブレイクした青木裕子は93センチIカップ、1999年デビューのMEGUMIは94センチHカップ。
2001年デビューの根本はるみは103センチIカップ。
そして2003年デビューの夏目理緒は98センチJカップ。

 

他にも松金洋子、滝沢乃南、花井美里、愛川ゆず季などHカップ、Iカップのグラビアアイドルが次々と登場したのです。
日本テレビが毎年イメージガールを選出する「日テレジェニック」の2006年度では、相澤仁美がIカップ、原幹恵がGカップ、北村ひとみがJカップ、草場恵がGカップと、選ばれた4人が全てGカップ以上の巨乳であったことが話題となりました。

 

もはやGカップ以上ないと、巨乳とは呼ばれない時代がやってきたのです。

 
 
 

もはや「巨乳」は普通になった?

そしてAVでもHカップ、Iカップ、Jカップと言った「超」巨乳の女優が活躍します。
彼女たちの大きすぎる乳房を表現する言葉として「巨乳」では、まだ足りないということで「爆乳」という表現も生まれました。

 

2004年にデビューしたAV女優、麻美ゆまは愛くるしい顔立ちと明るいキャラクター、そしてHカップの大きな胸をセールスポイントとして、たちまちAV業界のトップアイドルになりました。

 

実はそれまでAV女優の中でもトップアイドルと呼ばれる子は、美少女タイプやスレンダータイプがほとんどであり、「巨乳」「爆乳」の子がトップに立つことはありませんでした。しかし、麻美ゆまは、そんな常識を軽々と飛び越えてしまったのです。

 

しかも麻美ゆまは「おねがい!マスカッツ」(テレビ東京系)などのテレビ番組でも活躍したこともあり、女性のファンも多かったのです。この後にAVデビューした女優に話を聞くと「ゆまちん(麻美ゆまの愛称)に憧れてAV女優になりました」と答える子が、大変多かったことに驚かされました。
胸が大きい子が女の子に支持されるということは、それまであまり前例がなかったのです。

 

また興味深いのは、麻美ゆまの出演した200本近いAVのタイトルに「巨乳」「爆乳」という言葉を使った作品は一本もなく、その大きい胸をテーマにした作品も、極めて少ないということです。麻美ゆまは、Hカップもの「爆乳」を持つAV女優でありながら、ことさらそこを強調しなくても、トップクラスの人気をキープし続けられたのです。

 

これはある意味で、巨乳が一般化してきた証拠でもあるでしょう。AVの世界においても、巨乳の女の子が、大きな胸だけを売り物にしなくてもよいという風潮になりつつあるということなのです。

 
 
 

女性から提案される新しい表現は?

さて、ここまで日本では女性の「大きな胸」がどのように呼ばれてきたのかの歴史を振り返ってきましたが、「巨乳」「爆乳」以降は新しい言葉は生まれていません。
柴田倫世アナウンサーの胸を「ロケット乳」、元アイドルでAV女優の小向美奈子の胸を「スライム乳」などと呼ぶことはありましたが、それは個人の胸の形を指すものであり、一般的な表現としては「巨乳」「爆乳」が20年以上も使い続けられています。
それは、これが最も直感的にわかりやすい表現だということなのでしょう。おそらく、これからしばらくは「巨乳」「爆乳」という言葉は使われ続けていくと思われます。

 

しかし、それまでに使われていた「ボイン」や「デカパイ」なども含めて、これらはすべて男性向けメディアから生まれた言葉です。
そしてこれらの言葉に共通するコミカルなニュアンスは、どこか「大きな胸」をバカにしたような意識を感じます。これらの言葉で呼ばれて、不快な気持ちを持った女性も多いのではないでしょうか。

 

「ナイン」「ペチャパイ」「貧乳」などと呼ばれた「小さい胸」に関しては、最近になって「シンデレラバスト」という呼び方が生まれています。可愛らしい表現であり、「小さい胸」に対するネガティブなイメージが覆されています。

 

大きい胸に対しても、そろそろ女性側から提案された新しい呼び名が出てきてもよい時期なのではないでしょうか? 

 

そんな言葉が一般化した時に、初めて女性の「大きな胸」は偏見から解放されたと言えるはずなのです。

 
 
 

(安田理央)

 
 

【あわせてどうぞ】

 

大きな胸はどう呼ばれてきたか(上)――男はいつから巨乳が好きになったのか
大きな胸はどう呼ばれてきたか(中)――大きいおっぱい小さいおっぱい。揺れ動く世の中

 
 
 
 
 

【主な参考文献】
長友健二、長田美穂「アグネス・ラムのいた時代」(中公新書ラクレ)2007年
フローレンス・ウィリアムズ 梶山あゆみ・訳「おっぱいの科学」(東洋書林)2013年
木下英治「巨乳をビジネスにした男 野田義治の流儀」(講談社)2008年
野田義治「巨乳バカ一代」(日本文芸社)2004年
織田祐二「グラビアアイドル『幻想』論」(双葉新書)2011年
タイモン・スクリーチ「春画」(講談社選書メチエ)1998年
荒俣宏「セクシーガールの起源」(朝日新聞社)2000年
秋田昌美「セックス・シンボルの誕生」(青弓社)1991年
本橋信宏「全裸監督 村西とおる伝」(太田出版)2016年
ロミ 高遠弘美・訳「乳房の神話学」(角川ソフィア文庫)2016年
マリリン・ヤーロム 平石律子・訳「乳房論」(ちくま学芸文庫)2005年
乳房文化研究会「乳房の文化論」(淡交社)
中野 明「裸はいつから恥ずかしくなったか 『裸体』の日本近代史」(ちくま文庫)2016年
山崎明子 黒田加奈子 池川玲子 新保淳乃  千葉慶「ひとはなぜ乳房を求めるのか」(青弓社) 2011年

 

「週刊プレイボーイ」(集英社)
「週刊平凡パンチ」(平凡出版・マガジンハウス)
「フラッシュ」(光文社)
「バチェラー」(大亜出版・ダイアプレス)
「オレンジ通信」(東京三世社)

 
 
 
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安田理央

安田理央

フリーライター、アダルトメディア研究家。1967年埼玉県生まれ。女性のような名前ですが男性です。申し訳ない。人間の三大欲求のうち睡眠欲以外のことについて書くことが多いです。著書に『痴女の誕生 アダルトメディアは女性をどう描いてきたのか』(太田出版)など。
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